損害保険会社にいたころ、転勤を3回しました。
内示が出るのは、だいたい異動の1か月前です。そこから引っ越しを決めて、仕事を引き継いで、新しい土地での生活を立ち上げる。
30歳で転職したとき、理由のいちばん大きなところにあったのがこの転勤でした。
この記事では、転勤のある会社を出るときに何を手放して、何が残ったかを書きます。
行き先は、実質ガチャだった
損保の国内拠点は、支店や営業部、営業所、保険金サービスの拠点まで含めると数百単位あります。
どこに行くかは、自分では選べません。希望は出せても、最後に決めるのは会社です。行き先は実質ガチャでした。
しかも、決まるのは1か月前。1か月あれば引っ越しはできます。ただ、それは「なんとか間に合う」というだけで、生活の準備をするには短い期間です。
共働きだと、転勤は2人分の問題になる
いちばん重かったのは、妻の仕事でした。
妻も働いていて、私の転勤に合わせて、勤め先に異動の希望を出してもらっていました。
流れはこうです。私の内示が出る。そこから妻が、自分の会社で異動先を探してもらう。
当然、すぐには決まりません。私の異動と妻の異動のあいだには、半年や1か月といったずれがありました。
転勤は、辞令を受けた本人だけの話では終わりません。家族が働いていれば、そのたびに相手のキャリアにも手を入れることになります。3回というのは、それを3回やったということです。
転職では「転勤なし」を条件にした
転職活動では、転勤がないことを最初から条件に決めていました。
もし転勤がある会社でも、行き先が都市部に限られるなら許容する。そこまでを線にしました。
この条件で探して、困ったことは特にありませんでした。
転勤なしを条件にすると選択肢が極端に減るのでは、と心配する人もいると思います。私の場合はそうなりませんでした。もちろん業界や職種によって事情は違うので、これは一例です。
手放したのは、社宅くらいだった
転勤のある会社を出て、何を失ったか。
振り返ってみると、はっきり手放したと言えるのは社宅くらいです。
転勤のある会社は、転勤させる前提で住まいの制度を用意しています。そこから出れば、その制度もなくなる。これは避けられません。
逆に、残ったものもあります。
前の記事で書いたとおり、転職先で担当になったのは保険業界向けの営業でした。業界の知識は、そのまま持っていけました。 会社は変えても、それまで積んできたものが全部ゼロになったわけではありません。
社内で転勤を避ける道は、考えなかった
会社によっては、勤務地を限定する制度など、社内に残ったまま転勤を減らす道もあります。
私はこれを考えませんでした。仕事の内容にも不満があったからです。転勤だけが問題なら、残る道も検討したと思います。でも、嫌なことが転勤と仕事の中身の両方にあった。だから外に出るほうを選びました。
ここから先は、構造から私が考えたことです。
転勤が嫌で辞めたいと思ったら、まず嫌なのは転勤だけか、それ以外にもあるかを分けてみるといいと思います。
- 転勤だけが嫌なら、社内の制度を先に調べる価値がある
- 仕事の中身や働き方にも不満があるなら、外に出るほうが一度にまとめて変えられる
どちらが正しいという話ではありません。何を変えたいかによって、打ち手が違うということです。
いちばん大きかったのは、不安が消えたこと
転勤がなくなって何が変わったか。
定期的にやってくる不安とストレスから解放されたこと。これが本当に大きかったです。
転勤のある会社にいると、異動の時期が近づくたびに「次はどこだろう」と考えることになります。実際に辞令が出なかった年も、その不安だけは毎回やってくる。
辞令そのものより、いつ来るか分からない状態で暮らし続けることのほうが、あとから思えば重かったのかもしれません。
まとめ
- 損保では転勤を3回した。内示は約1か月前、行き先は数百ある拠点の中から会社が決める
- 共働きだと転勤は2人分の問題になる。妻の異動とは、半年や1か月のずれがあった
- 転職では「転勤なし、あっても都市部だけ」を条件にした。それで困ったことは特になかった
- 手放したのは社宅くらい。業界の知識は持っていけた
- 社内に残る道を考えなかったのは、仕事の内容にも不満があったから
- いちばん大きかったのは、定期的にくる不安から解放されたこと
転勤が嫌だという気持ちは、わがままではないと思います。何を変えたいのかを分けて考えれば、動き方は決められます。


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